孫過庭〈書譜〉 
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王義之の草書を学ぶにあったって、孫過庭の書論を学び学習したいものです。


習い方

 草書について草書の達人孫過庭 書譜で次のように言っています。
楷書は点画(用筆)を持って形の特徴(形質)をなし運筆(使転)が書風の特徴となす。
草書は点画(用筆)を持って性情となし、使転を形質となす。草使転にそむ(乖)けば字を成す能わず。

運筆が出来てなければ草書にならないと言っている。
  運筆を取るためには筆の起こし方が出来ねば、草書にならないということです。
眞以點 。畫為形質。使轉為情性。草以點畫為情性。使轉為形質。
草乖使轉。不能成字。

真(しん)は、點畫を以て形質と為し、使轉を情性と為す。草は點畫を以て情性 と為し、使轉を形質と為す。
草は使轉に乖(そむ)けば、字を成す能(あた)わず 、


090605書譜試臨孫過庭書譜(上) - YouTube
 
訓読
 書譜巻の上、呉郡の孫過庭撰す。
1
 夫(そ)れ古(いにしえ)自(よ)りの(之)書を善くする者、漢魏(かんぎ)
には、鍾張(しょうちょう)の絶(ぜつ)有り。晋末(しんまつ)には、二王(におう)
の妙(みょう)を称す。王羲之(おうぎし)云う、『頃(このごろ)諸(もろもろ)
の名書を尋ぬるに、鍾張は、信(まこと)に絶倫(ぜつりん)為(た)り、其の餘(よ)
は、観るに足らず。』と。鍾張云(ここ)に没して、而して、羲献(ぎけん)、之を継
(つ)ぐと謂(い)う可(べ)し。 又云う、『吾が書は、之を鍾張に比(ひ)すれば、
鍾(しょう)には、當(まさ)に抗行(こうこう)すべし。或いは、謂(おもえら)く、
之に過ぐと。張(ちょう)の草(そう)には、猶(なお)當に雁行(がんこう)すべし。
然れども、張の精熟なること、池水尽(ことごと)く墨(すみぐろ)し。假令(もし)
寡人(かじん)之(これ)に耽(ふけ)ること、此(かく)の若(ごと)くんば、未
(いま)だ、必ずしも之に謝(ゆず)らざらん。』と。此(こ)れ、乃(すなわち)張
(ちょう)を推(お)して鍾より邁(す)ぐるの意也(なり)。
2
 其の専擅(せんせん)を考するに、未だ前規に果(まさ)らずと雖も、□(ひろ)い
て以って兼ね通ず。故に、即事に慙(はず)ること無し。評者云う、『彼(か)の四賢
(しけん)は、古今(ここん)特絶なり。而して、今の古(こ)に逮(およ)ばざるは
、古は質(しつ)にして、今は妍(けん)なればなり』と。夫(そ)れ質は、代(よ)
を以って興(おこ)り、妍は俗に因(よっ)て易(かわ)る。書契の作(おこ)るや、
適(まさ)に以って言を記すると雖も、而も淳□(じゅんり)一たび遷(うつ)り、質
文三たび変わる。馳□沿革(ちぶえんかく)は、物理常に然(しか)り。能く古(こ)
にして時に乖(そむ)かず、今にして弊 (へい)を同じくせ不(ざ)るを貴ぶ。所謂
(いわゆる)、『文質彬々(ぶんしつひんぴん)として、然(しか)る後に君子』なり。
何ぞ必ずしも雕宮(ちょうきゅう)を穴處(けっしょ)に易(か)え、玉輅(ぎょくろ)
を椎輪(ついりん)反(かえ)す者ならんや。
3
 又云う、『子敬(しけい)の逸少(いっしょう)に及ばざるは、猶(なお)、逸少の
鍾張に及ばざるがごとし。』と。意者(おもうに)、以為(おもえらく)其の綱記(こ
うき)を評し得て、而も未だ其の始卒(しそつ)を詳(つまび)らかにせざるなり。且
(かつ)元常(げんじょう)は、専(もっぱら)隸書を工(たくみ)にして、百英(ひ
ゃくえい)は尤も草體に精(くわ)し。彼(か)の二美なる、而も、逸少は之を兼ぬ。
草に擬(ぎ)すれば、則ち眞を餘し、真に比すれば、則ち草に長(ちょう)ず。
専工少しく劣ると雖も、而も博渉(はくしょう)多く優(まさ)れり。其の終始を總
(す)ぶるに、乖互(かいご)無きに匪(あら)ず。
4
 謝安(しゃあん)は素(もと)より尺牘(せきとく)を善くす、而して、子敬の書を
軽(かろん)ぜり。子敬、嘗(かつ)て、佳書(かしょ)を作りて之に與う、必ず存録
(そんろく)せられんと謂(おもいし)に、安(あん)は輒(すなわ)ち後(あと)に
題して之に答えたれば、甚(はなはだ)恨みに以為(おも)えり。安、嘗(かつ)て敬
に問う、『卿(けい)が書は、右軍(ゆうぐん)に如何(いかん)。』と。答えて云う、
『故(もと)より、當に勝るべし。』と。安云う、『物論(ぶつろん)、殊に爾(しか)
らず。』と。子敬、又答う、『時人(じじん)那(なん)ぞ知るを得ん。』と。敬、權
りに此の辭を以て、安の鑒(み)る所を折(くじ)くと雖も、自ら父に勝ると稱するは、
亦た、過ちならずや。且つ身を立て名を揚ぐるは、事、尊顯(そんけん)に資(と)る
。勝母(しょうぼ)の里(り)に、曾参(そしん)は入らず。子敬の豪翰(ごうかん)
を以て、右軍の筆札(ひっさつ)に紹(つ)ぐ、復(また)粗(ほぼ)、楷則を伝うと
雖も、實(まこと)に恐らくは、未だ箕裘(ききゅう)を克(よ)くせざらん。況んや
乃ち神仙に假託(かたく)し、家範(かはん)を崇ぶを恥ず、斯(これ)を以て学を成
すは 孰(いずれ)か、牆(かき)に面するに愈(まさ)らんや。
5
 後(のち)、羲之、都に往かんとせしに、行くに臨(のぞ)んで壁に題す。子敬、密
(ひそ)かに、之を拭(ふ)き除き、輒(すなわ)ち、書して其の處を易(か)え、私
(ひそ)かに悪しからずと為(な)せり。羲之、還(かえ)りて見、乃ち歎じて曰く『
吾れ、去かんとせし時、真(まこと)に大醉せり也。』と。敬、乃ち内に慙ず。是(こ
こ)に知る、逸少の鍾張に比すれば、則ち專博(せんはく)は斯(ここ)に別あるも、
子敬の逸少に及ばざるは、疑い或ること無きを。
6
 余(よ)志学の年より、心を翰墨に留め、鍾張の餘烈(よれつ)
を味い、羲献の前規を□(く)み、慮(おもい)を極(きわ)め精
を専(せん)にし、時に二紀(にき)を逾(こえ)たり。入木(じ
ゅぼく)の術に乖(そむ)くこと有るも、臨池の志に間(へだつ)
ること無し。
7
 夫の懸針垂露の異、奔雷(ほんらい)墜石(ついせき)の奇、鴻飛(こうひ)獸駭(
じゅうがい)の資(し)、鸞舞(らんぶ)蛇驚(だきょう)の態(たい)、絶岸(ぜつ
がん)頽峰(たいほう)の勢、臨危(りんき)據稿(きょこう)の形(けい)を觀るに、
或いは重きこと、崩雲(ほううん)の若し。或いは軽きこと蝉翼(せんよく)の如く、
之を導(みちび)けば、則ち泉のごとく注ぎ。之を頓(とどむ)れば、則ち山のごとく
安(やす)し。繊繊乎(せんせんこ)として、初月の天崖に出(いづ)るに似、落落乎
(らくらくこ)として、猶(なお)衆星の河漢(かかん)に列するがごとし、自然の妙
有に同じくして、力運(りきうん)の能く成すに非らず。信(まこと)に智巧(ちこう
)兼ね優れ、心手(しんしゅ)雙(ふた)つながら暢(の)び、翰(かん)は虚(むな
)しく動かず、下すに必ず由(よし)あり。一畫の間、起伏を峯杪(ほうびょう)に変
ず。一點の内、衄挫(じくざ)を豪芒(ごうぼう)に殊(こと)にすと謂(い)う可し。
8
 況んや、云(ここ)に其の點画を積み、乃ち、其の字を成す。曾(かつ)て傍(あま
ねく)尺牘(せきとく)を窺(うかが)い、俯(ふ)して寸陰をも習いもせず、班超(
はんちょう)を引きて以て辭(じ)と為し、頃籍(こうせき)を援(ひ)きて自ら満(
たれりとし、筆に任せて軆を為し、墨を聚(あつ)めて形と為し、心は擬効(ぎこう)
の方に昏(くら)く、手は揮運(きうん)の理に迷うをや、其の研妙(けんみょう)を
求むるは、亦た謬(あやまち)ならずや。
9
 然れども、君子の身を立つるや、務(つと)めて其の本(もと)を修(おさ)む。楊
雄謂う、『詩賦(しふ)は小道(しょうどう)なり。壯夫(そうふ)は為さず。』と。
况や復た思いを豪□(ごうり)に溺(おぼ)らせ、精を翰墨に淪(しず)むる者をや。
10
 夫れ神(こころ)を潜(しず)め奕(えき)に對するすら、猶お坐隱(ざいん)の名
(めい)を標(かか)げ、志を楽しみ綸(いと)を垂るるにも尚お行藏(こうぞう)の
趣(おもむ)きを體(たい)せりとす。□(なん)ぞ功(こう)は禮樂(れいがく)を
宣 (の)べ,妙は神仙に擬(ぎ)するに若(し)からんや、猶お 挺埴(せんしょく)
の窮り罔(な)く、工鑪(こうろ)と與(とも)に(而)、並び運(めぐ)れるがごと
し。異(い)を好み、奇(き)を尚(とうと)ぶの士は、體勢の多方を翫(もてあそ)
び、微(び)を窮(きわ)め妙を測るの夫は、推移(すいい)の奥□(おうさく)を得
(え)んとす。著述する者は、其の糟粕(そうはく)を假(か)り、藻鑑(そうかん)
する者は、其の菁華(せいか)を□(く)む。固(まことに)、義理の会歸にして、信
(まことに)、賢逹(けんたつ)の兼ね善くする者なり。精を存し、賞を寓(ぐう)す
ること、豈に徒然ならんや。
11
 而して東晋(とうしん)の士人は、互いに相い陶淬(とうさい)す。王謝(おうしゃ)
の族、□□(ちゆ)之倫(ともがら)に至るまで、縦(たとい)其の神奇(しんき)を
盡さざるも、咸(みな)亦、其の風味を□(く)む。之を去ること滋(ますます)永く
して斯(こ)の道逾(いよいよ)微(おとろえ)たり。方(まさ)に復た疑しきを聞き
疑しきを稱し、末(まつ)を得て末を行(おこな)い、古今阻絶して、質(ただ)して
問う所無し。設(も)し會する所有るも、緘秘(かんぴ)已に深し。遂(つい)に学者
をして茫然として、領要を知る莫(な)く、徒(いたずら)に成功の美を見る
のみにて、致す所の由を悟らざら令(し)む。
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 或いは、乃ち、分布を累年(るいねん)に就(な)せども、規矩(きく)に向かいて
猶(なお)遠く、真(しん)を圖して悟らず、草(そう)を習いて将に迷わんとす。假
令(たとい)薄(いささ)か草書を解し、粗(ほぼ)隸法を傳うるも、則ち好んで偏固
(へんこ)に溺(おぼ)れ、自ら通規を□(ふさ)ぐ。□(いずくん)ぞ心手(しんし
ゅ)の会歸は、源(みなもと)を同じくして派(は)を異(こと)にするが若く、轉用
の術は、猶ほ樹(じゅ)を共にして(而)、條(えだ)を分つが猶きになるを知らんや。
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 加以(しかのみなら)ず、吏(り)に趨(おもむ)き時に適(かな)うは、行書を妥
(だ)と為す。題勒方□(だいろくほうふく)は、真(しん)乃ち、先に居(お)る。
草は真を兼ねずんば、専謹(せんきん)に殆(あやう)く、真は草に通ぜずんば、殊に
、翰札(かんさつ)に非(ひ)なり。
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 真(しん)は、點畫を以て形質と為し使轉を情性と為す。草は點畫を以て情性
と為し、使轉を形質と為す。草は使轉に乖(そむ)けば、字を成す能(あた)わず真は、點畫を虧(か)くとも、猶(なお)文を記すべし。廻互(かいご)殊なり
と雖ども、大體相渉(わた)る。
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 故に亦た二篆に傍通(ぼうつう)し、八分を俯貫(ふかん)し、篇章(へんしょう)
を包括し、飛白に涵泳(かんえい)せよ。若し豪□(ごうり)も察せざれば、則ち故越
(こえつ)風(ふう)を殊にする者なり。鍾□の隸(れい)の奇なる、張芝の草の聖な
るが如きに至りては、此れ乃ち精を一體(いったい)に専(せん)にし、以て絶倫(ぜ
つりん)を致せるなり。
16
 伯英(はくえい)は真ならざれに、而も點畫は狼藉(ろうぜき)たり。元常(げんじ
ょう)は草ならざれど、使轉(してん)は従横(じゅうおう)たり。茲(これ)自(よ
り)已降(いこう)、兼ね善くする能(あたわ)ざる者は、逮(およ)ばざる所有りて
、精を専にするに非(あら)ざるなり。
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 篆隸草章(てんれいそうしょう)は、工用、多変なりと雖も、厥(そ)の美を濟成
(せいせい)すること、各(おのおの)、宜(よろ)しき攸(ところ)有り。篆は、
婉(えん)にして通(つうなるを尚(とうと)び、隸は、精にして密なるを欲し、草は、
流(りゅう)にして暢(ちょうなることを貴(たっと)び、章は、檢にして便(べん)
なることを務む。然(しか)る後、之を凛(りん)するに、風神(ふうしん)を以てし、
之を温むるに、研潤を以てし、之を鼓(こ)するに、枯勁(こけい)を以てし、之を和
するに、閑雅(かんが)を以てす。故に其の情性に達し、其の哀楽(あいらく)を形
(あらは)すべし。燥湿(そうしつ)の節を殊にするを験(けん)すれば、千古依然
(せんこいぜん)たるも、老壯(ろうそう)の時を異(こと)にするを體すれば、百齢
(ひゃくれい)も、俄頃(がけい)たり。嗟乎(ああ)其の門に入らざれば、□(なん)
ぞ其の奥を窺(うかが)う者ならんや。
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 又 一時にして書するに、乖(かい)有り合(ごう)有り。合するときは、則ち流媚
(りゅうび)。乖するときは、則ち彫疎(ちょうそ)たり。略して其の由を言わば、各
(おのおの)其の五有り。 神(こころ)怡(たの)しみ務(つと)め閑なるは一の合
なり。惠(え)に感じ知に徇(したが)うは、二の合なり。時(とき)和(やわら)ぎ
氣潤(うるおう)は三の合なり。紙墨相発するは四の合なり。偶然書せんと欲っするは
五の合なり。 心遽(はや)り體留(とど)まるは、一の乖なり。意違(たが)い勢屈
(くっ)するは二の乖なり。風燥(かわ)き日炎(やくる)は三の乖なり。紙墨稱(か
なわ)ざるは四の乖なり。情怠り手闌(つかるる)は五の乖なり。 乖合の際、優劣互
いに差(たが)う。時を得るは、器を得るに如(しか)ず。器を得るは、志を得るに如
ず。若し、五乖、同じく萃(あつま)れば、思(おもい)は遏(とど)まり、手は蒙(
くら)く、五合交(こもご)も、臻(いた)れば神(こころ)融(と)け筆は暢(の)
ぶ。暢れば適(かなわ)ざる無く、蒙(くら)ければ從(よ)る所無し。
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 仁(じん)に當(あた)る者は、意を得て言を忘れ、其の要を陳
(のぶ)ること罕(まれ)なり。学を企(くわだ)つ者は、風を希
(こいねが)い妙を叙(の)べ、述(の)ぶと雖も猶(なお)疎な
り。徒に、其の工を立つるのみにて、未だ厥(そ)の旨(し)を敷
(の)べず。庸眛(ようまい)を揆(はから)ずして、輒ち明(あ
きらか)にする所を効(いた)す。庶(こいねがわく)は既往(き
おう)の風規(ふうき)を弘(ひろ)め、将来の器識(きしき)を
導かんと欲す。繁(はん)を除(のぞ)き濫(らん)を去らば、迹
(あと)を睹(み)て心を明らかにする者あらん。
20
 代に『筆陣圖』七行有り。中に執筆の三手を畫(えが)く。圖貌
(ずぼう)は乖舛(かいせん)し、點畫は湮訛(いんか)せり。頃
(このごろ)南北に流傳(るでん)するを見るに、疑(うたがう)
らくは、是れ右軍の製する所ならん。則ち、未だ真偽(しんぎ)を
詳(つまび)らかにせずと雖も、尚(なお)、童蒙(どうもう)を
発啓(はっけい)すべし。既に常俗(じょうぞく)の存する所なれ
ば、編録(へんろく)を藉(か)らず。
21
 諸家の勢評に至りては、多く浮華(ふか)に渉る。外(そと)に
其の形を状(じょう)するに、内に其の理に迷はざる莫し。今の撰
する所も、亦た取ること無し。
22
 乃ち師宜官(しぎかん)の高名なるが若きは、徒(いたづら)に
史牒(しちょう)に彰(あらわ)れ、邯鄲淳(かんたんじゅん)の
令範(れいはん)も、空しく□□(けんしょう)に著(あらわ)さ
る。崔杜(さいと)以来、蕭羊(しょうよう)已往(いおう)に曁
(およん)では、代祀(だいし)緜遠(めんえん)として、名氏滋
(ますます)繁(しげ)し。或いは藉甚(せきじん)渝(か)わら
ず、人は亡ぶも業(ぎょう)は顕(あらわ)れ、或いは憑附
(ひょうふ)して價(あたい)を増すも、身は謝し道衰(おとろ)
う。加以(しかのみならず)糜蠧(びと)にして傳わざれば、秘を
捜(さぐ)るも将(まさ)に盡きんとす。偶(たまたま)緘賞(か
んしょう)に逢うも、時に亦た窺うこと罕(まれ)なり。優劣は紛
紜(ふんうん)として、殆(ほとんど)□縷(らる)し難し。其の
當代に顯聞(けんぶん)し、遺跡(いせき)の見存(けんぞん)す
る有るは、抑揚(よくよう)を俟(ま)つ無くして、自ら先後を標
(しめ)さん。
23
 且つ六文(りくぶん)の作(おこ)るは、軒轅(けんえん)より
肇(はじま)り、八體の興(おこ)るは、□正(えいせい)より始
まる。其の来たること尚(ひさ)しく、厥(そ)の用、斯(こ)れ
弘し。但だ今古同じからず、研質懸隔(けんしつけんかく)せるの
み。既に習う所に非ざれば、又、亦た諸(これ)を略す。
24
 復た龍蛇雲露(りゅうだうんろ)の流(りゅう)、龜鶴花英(き
かくかえい)の類(るい)有り。乍(たちま)ち、真を率爾(そつ
じ)に圖(ず)し、或いは瑞(ずい)を當年に冩す。巧は丹青に渉
り、工は翰墨に虧(か)く。夫(か)の楷式に異なれば、詳らかに
する所に非ず。
25
 代(よ)に傳うる羲之の子敬に与えたる『筆勢論』十章は、文は
鄙(いや)しく、理は疎、意は乖き、言は拙(まず)し。其の旨趣
(ししゅ)を詳らかにするに、殊に右軍に非ず。且つ、右軍は位重
く、才(さい)高く、調べ清く、詞(ことば)雅に、聲塵(せいじ
ん)未だ泯(ほろ)びず。翰牘(かんとく)、仍(なお)存す。夫
(か)の一書を致し、一事を陳(の)ぶるを観(み)るに、造次の
際も稽古(けいこ)斯(ここ)に在り。豈(あに)、謀(はかりご
と)を令嗣(れいし)に貽(のこ)すに、道は義方に叶ひ、章は則
ち頓(とみ)に虧(か)くること、一に此に至ること有らんや。
26
 又云ふ、『張伯英と同学なり』と。斯れ乃ち、更に虚誕(きょた
ん)たるを彰(あきらか)にす。若し漢末の伯英を指さば、時代は
全く相接せず、必ず晋人の號を同じくするもの有りとせんも、史傳
何ぞ其れ寂寥(せきりょう)たるや。訓に非ず、経(きょう)に非
ざれば宜しく棄擇(きたく)に従うべし。
27
 夫れ心の達する所は、名言に盡し易(や)すからず。言の通ずる
所は、尚ほ紙墨に形(あらわ)し難し。粗ぼ其の状を髣髴(ほうふ
つ)し、其の辭を網記(こうき)すべし。冀(こいねがわく)は、
希夷(きい)を酌(く)み、会を佳境に取らんことを。闕(か)き
て未だ逮(およ)ばざるは、請ふ将来を俟(ま)たんことを。
28
 今 執使用轉(しっしようてん)の由を撰し、以て未だ悟らざる
ものを□(ひら)かんとす。
 執(しつ)とは、深淺を謂う、長短の類是(これ)也。
使とは、縦横を謂う、牽掣(けんせい)の類是也。
轉とは、鉤鐶(こうかん)を謂う、盤紆(ばんう)の類是也。
用とは、點畫を謂う、向背の類是也。
 方(まさ)に、復た其の數法を会して、一途(いっと)に歸し、
衆工を編列し、群妙を錯綜(さくそう)す。前賢の未だ及ばざるを
擧げて、後学(こうがく)を成規に啓(ひら)き、其の根源(こん
げん)を窮め、其の枝派を析(わか)つ。
 文は約に、理は瞻(ゆたか)に、迹は顯(あきらか)に、心は通
じ、卷を披けば明らにす可く、筆を下(くだ)せば滯(とど)まる
こと無から使めんことを貴ぶ。詭詞(きし)異説(いせつ)は、詳
らかにする所に非ず。
29
 然して今の陳(の)ぶる所は、務めて学ぶ者を裨(たす)けんと
す。但だ右群の書のみは、代(よ)多く稱習す、良(まこと)に據
(よ)りて宗匠(そうしょう)と為し、取りて指歸(しき)に立つ
べし。豈に唯(た)だ古(こ)を會し今に通ずるのみならんや。亦
た乃ち、情深く調べ合(ごう)せり。□搨(もとう)をして日に廣
く、研習をして歳に滋(おお)から使むることを致す。先後の著名
は、多く散落(さんらく)に從えるに、代(よ)を歴て孤(ひと)
り、殆(つ)げるは、其の効(こう)に非ずや。
30
 試(こころみ)に其の由(よし)を言い、略(ほぼ)、數意(す
うい)を陳べん。止(ただ)、樂毅論(がっきろん)、黄庭経(こ
うていきょう)、東方朔畫讃(とうほうさくがさん)、太師箴(た
いししん)、蘭亭集序(らんていしゅうじょ)、告誓文(こくせい
ぶん)の如きは、斯れ並びに代俗の傳うる所にて、真行の絶致(ぜ
っち)なる者也。
31
 『樂毅』を冩せば、則ち、情怫鬱(ふつうつ)多く、『畫讃』を
書せば、則ち、意は□奇(かいき)に渉る。『黄庭経』は、則ち怡
懌(いえき)虚無(きょむ)。『太師箴』は、又従横争折(そうせ
つ)し、『蘭亭興集』(らんていきょうしゅう)に曁(およ)んで
は、思い逸(いっ)し神(こころ)超え、『私門の誡誓』(しもん
のかいせい)は、情拘(かか)わり、志(こころざし)惨(いた)
む。所謂(いわゆる)樂しみに渉りては、方(まさ)に笑い、哀し
みを言えば、已に歎(たん)ずるなり。
32
 豈に惟だ想いを流波に駐(とど)めては、将に□□(せんかん)
之奏(そう)を貽(のこ)さんとし、神(こころ)を□渙(すいか
ん)に馳せては、方に藻絵(そうかい)の文(もん)を思うのみな
らんや。其の目撃して、道、存すると雖も、尚ほ或いは、心迷い義
は□(たが)う。強いて名ずけて體と為し、共に習ひて區を分たざ
ること莫し。豈に情の動きて、言に形(あらわ)れ、風騒(ふうそ
う)の意に取会(しゅかい)し、陽(よう)に舒(の)び、陰(い
ん)に惨(いた)むは、天地の心に本(もと)づくを知らんや。既
に其の情を失わば、理は其の実(じつ)に乖(そむ)く、夫(そ)
の致す所を原(たずぬる)に、安(なん)ぞ體有らんや。
33
 夫(そ)れ運用の方は、己(おの)れ由(よ)り出(い)ずると
雖も、規模の設くる所は、信(まこと)に、目前に属す。之を一豪
(いちごう)に差(たがえ)ば、之を千里に失す。苟(いや)しく
も、其の術を知らば、適(まさ)に兼ね通ず可し。心は精なるを厭
(いと)わず、手は熟すを忘れず。若し、運用は精熟を盡(つく)
し、規矩は胸襟(きょうきん)に闇(そらんず)れば、自然に容与
徘徊(ようよはいかい)し、意は先に、筆は後に、瀟灑(しょうし
ゃ)流落(りゅうらく)して、翰(ふで)は逸(いっ)し、神(こ
ころ)は飛ばん。亦た猶(なお)、弘羊(こうよう)の心は、無際
(むさい)に預(はか)り、庖丁(ほうてい)の目は全牛を見ざる
がごとし。
34
 嘗て、好事(こうじ)有り、吾れに就(つ)きて習わんことを求
む、吾れ乃ち、粗ぼ綱要(こうよう)を挙(あ)げ、随いて之に授
(さず)く、心悟り手従い、言(ことば)忘れ意得ざるは無し、縦
(たと)い、未だ衆術(しゅうじゅつ)を窮めずとも、断じて、詣
(いた)る所を極む可し。
35
 思い楷則に通ずるが若(ごと)きは、少は老に不如(しかず)、
学 規矩(きく)を成すは、老は少に不如(しかず)、思ひは則ち
老ひて逾(いよいよ)妙なるも、学は乃ち少にして勉(つと)むべ
し。之を勉めて已(や)まざれば、抑(そもそも)三時有り、時然
(じぜん)一変して、其の分(ぶん)を極(きわ)む。
 初め分布を学ぶが如きに至りては、但だ平正を求むのみ。
既に平正を知らば、務めて險絶(けんぜつ)を追う。
既に險絶を能くすれば復(ま)た平正に歸(き)す。
 初めには、謂(おも)えらく、『未だ及ぶばず』と。
中ごろは、則ち、『之に過ぎたる』とし。
後は、乃ち、『通会(つうかい)』す。
 通会の際は、人書倶(とも)に老ゆ。
 仲尼(ちゅうじ)云う、「五十にして命(めい)を知り、七十に
して心に従う。」と。故に、以(おもえ)らく夷險(いけん)の情
に達し、權變(けんべん)の道を體するを。亦た猶(なお)謀(は
か)りて(而)後に動けば、動くこと宜しきを失はず。時にして、
然る後に言えば、言は必ず理に中(あた)るがごとし。
36
 是以(ゆえに)右軍の書、末年妙多きは、當に思慮(しりょ)は
通審(つうしん)し、志氣は和平して激(げき)せず勵(はげ)し
からず、而して風規(ふうき)自ら遠きに縁(よる)なる當(べ)
し。子敬已下(いか)は、鼓努(こど)して力と為し、標置(ひょ
うち)して體を成ざるは莫し、豈に獨り工用の□(ひと)しからざ
るのみならんや、亦た乃ち神情の懸隔(けんかく)せる者也。
37
 或いは其の作る所を鄙(いや)しむ有り。或いは乃ち其の運する
所を矜(ほこ)る。自ら矜る者は、将に性域(せいいき)に窮まら
んとし、誘進(ゆうしん)の途(みち)を絶つ。自ら鄙しむ者は、
尚お情涯(じょうがい)に屈(くっ)するも、必ず通ずべきの理有
らん。
 嗟乎(ああ)蓋し学んで能くせざる有るも、未だ学ばずして能く
する者有らざるなり。之を即時に考するに断じて明らかなるべし。
38
 然れども消息は多方にして、性情は一(いつ)ならず。乍ち剛柔
(ごうじゅう)以て體を合(な)し、忽(たちま)ち労逸して、躯
(く)を分つ。或いは恬澹雍容(てんたんようよう)として、内に
筋骨を涵(ひた)し、或いは折挫槎□(せつざさすい)して、外に
峯芒(ほうぼう)を曜(かがやか)す。
 之を察する者は、精なるを尚(とうと)び、之を擬(ぎ)する者
は、似んことを貴(とうと)ぶ。況んや擬して似ること能はず、察
して精(くわしき)こと能(あた)わず、分布は、猶(なお)疎に
して、形骸も末だ檢せざるをや。躍泉(やくせん)の態、未だ其の
研なるを覩(み)ず。窺井(きせい)の談、已に其の醜(しゅう)
なるを聞く。縦(たと)い羲献を塘突し、鍾張を誣罔(ぶもう)せ
んと欲するも、安(いずくん)ぞ能く當年の目を掩(おお)い将来
の口を杜(ふさ)がんや。慕習の輩(はい)は、尤も宜しく諸(こ
れ)を慎むべし。
39
 末だ、淹流を悟らざるに、偏(ひとえ)に勁疾(けいしつ)を追
い、迅速なること能わざるに、翻(かえ)って遅重を效(いた)す
こと有るに至る。夫れ勁速(けいそく)は、超逸(ちょういつ)の
機にして、遅留(ちりゅう)は賞会の致(ち)なり。将に其の速き
ことに反せんとすれば、行(ゆく)ゆく会美の方に臻(いた)らん
とするも、専(もっぱ)ら遅に溺れ、絶倫の妙に爽(たが)う。速
(そく)を能くして速(そく)ならざるは、所謂(いわゆる)淹留
なり。遅に因(よ)りて遅に就(つ)かば、□(いずくん)ぞ賞会
と名づけん。夫(か)の心は閑(かん)にして、手は敏なるものに
非ずんば、以(もっ)て兼ね通じ難き者なり。
40
 假令(たとい)衆妙の歸する攸なるも、務めて骨氣を存すべし、
骨、既に存して、而して遒潤(しゅうじゅん)之を加えよ。亦た猶
(なお)枝幹(しかん)扶疎(ふそ)として霜雪を凌(しの)いで
彌(いよいよ)勁(つよ)く、花葉(かよう)鮮茂(せんも)して
雲日(うんじつ)と相暉くごとし。
 其の骨力 偏に多く、遒麗(しゅうれい)盖(けだ)し少きが如
きは、則ち、枯槎(こさ)の險に架(か)し、巨石の路に當るごと
し。妍媚(けんび)云(ここ)闕(か)くと雖も、體質は存せり。
 遒麗(しゅうれい)優に居(お)り、骨氣將に劣らんとするが若
(ごと)きは、夫(そ)の芳林(ほうりん)の落蘂(らくずい)、
空しく照灼(しょうしゃく)して依るところ無く、蘭沼(らんしょ
う)の漂萍(ひょうへい)、徒(いたづら)に青翠(せいすい)に
して奚(いず)くにか託せんとするに譬(たと)えん。是(ここ)
に知る偏工は就(な)り易(やす)く、盡善(じんぜん)は求め難
きを。
41
 学は一家を宗(そう)とすと雖も、而も變じて多體をなす。其の
性欲に随い、便ち以て、姿(し)と為さざること莫(な)し。
 質直(しっちょく)なる者は、則ち□□(けいてい)にして遒な
らず。
 剛□(ごうこん)なる者は、又掘強(くっきょう)にして、潤い
無し。
 矜斂(きんれん)なる者は、拘束に弊(や ぶ)れ。
 脱易(だつい)なる者は、規矩(きく)に失い。
 温柔なる者は、軟緩(なんかん)に破れ。
 躁勇(そうゆう)なる者は、剽迫(ひょうはく)に過ぎ。
 狐疑(こぎ)なる者は、滞澀(たいじゅう)に溺れ。
 遅重(ちじゅう)なる者は、蹇鈍(けんどん)に終わり。
 軽瑣(けいさ)なる者は、俗吏(ぞくり)に淬(そ)む。
斯れ皆な獨行の士の偏翫(へんがん)の乖(そむ)く所なり。
42
 易に曰く、『天文を観て、以て時変を察し、人文(じんもん)を
観て、以て天下を化成す。』と、況んや書の妙為(た)る、近くは
諸を身に取る。假令(たとえ)運用末だ周(あまね)からず、尚ほ
工を秘奥(ひおう)に虧(か)くとも、而も、波瀾(はらん)の際
は、已に靈臺(れいだい)に濬発(しゅんぱつ)す。必ず、能く傍
(あまね)く點畫の情に通じ、博(ひろ)く始終の理を究(きわ)
め、蟲篆(ちゅうてん)を鎔鑄(ようちゅう)し、草隸を陶均(と
うきん)せよ。
五材(ござい)の並び用うるを體せば、儀形は極(きわ)まらず、
八音(はちいん)の迭(こもごも)起こるに象(かたどら)ば、感
会は方無からん。
43
 数畫の並び施(ほどこ)すも、其の形各(おのおの)異なり、衆
點の齊(ひと)しく列(つら)ね、為體(いたい)は互いに乖く。
一點は一字の規を成し、一字は乃ち終篇の准(じゅん)となる。違
(たが)へども犯さず、和して同ぜず。留まりて常に遅からず、遣
(や)れども、恒に疾(はや)からず。燥(そう)を帯びて方(ま
さ)に潤い、将に濃からんとして遂(つい)に枯れ。規矩を方圓に
泯(ほろ)ぼし。鉤縄(こうじょう)の曲直を遁(のが)れて、乍
ち顕(あら)われ、乍ち晦(かく)れ。行くが若(ごと)く藏(ぞ
う)するが若く。変態を豪端(ごうたん)に窮め、情調を紙上に合
(ごう)し。心手に間(へだ)つること無く、懐(おも)いを楷則
に忘れるが若きに至りては、自ずから羲献に背(そむ)けども、失
無く、鐘張に違(たが)えども尚お工なるべし。
44
夫(か)の絳樹(こうじゅ)青琴(せいきん)は、姿を殊にすれど
も共に艷(うるわ)しく、隨珠(ずいじゅ)和璧(かへき)は、質
を異にして、同じく研なるに譬(たと)う。何ぞ必ずしも、鶴を刻
し龍を圖して、竟(つい)には眞體に慙(は)じ、魚を得て兎を獲
(え)て猶(なお)筌蹄(せんてい)を□(おし)まんや。
45
 聞くならく、『夫れ家に南威の容有りて、乃ち、淑媛(しゅくえ
ん)を論ずべく、龍泉(りゅうせん)の利(り)有りて、然る後斷
割(だんかつ)を議ずべし。』と。語は、其の分(ぶん)に過ぐれ
ば、実に枢機(すうき)を累(わずらわ)さん。
46
 吾、嘗(かつ)て思いを盡して書を作り、甚だ合せりと謂為(お
もえ)り。時に識を稱さるる者に、輒ち以て引き示す。其の中の巧
麗(こうれい)なるものには、曾(すなわち)目を留めずして、或
いは誤失(ごしつ)有らば、翻(かえ)って嗟賞(さしょう)せら
る。既に見る所に昧(くら)く、尤も聞く所に喩(さと)るのみ。
或いは年職を以て自ら高しとし、軽(かるがる)しく凌誚(りょう
しょう)を致す。
 余、乃ち之を假(か)すに、□縹(しょうひょう)を以てし、之
を題するに、古目(こもく)を以てすれば、則ち賢者は観を改め、
愚夫(ぐふ)は聲を継ぎ、競って豪末(ごうまつ)の奇を賞し、峯
端(ほうたん)の失を議すること罕(まれ)なり。猶ほ惠侯(けい
こう)の偽を好むがごとく、葉公の眞を懼(おそ)れるに似たり。
是(ここ)に知る、伯子(はくし)の流波を息(や)めたるは、蓋
(けだ)し由(ゆえ)あるを。
47
 夫れ蔡□(さいよう)は、賞を謬(あやま)らず、孫陽(そんよ
う)は、顧(こ)を妄(みだり)にせざるは(者)、其の玄鑒(げ
んかん)精通(せいつう)なるを以て、故に、耳目(じもく)に滞
(とどこお)らざれば也。向使(もし)奇音(きいん)の爨(かま
ど)に在りて、庸聽(ようちょう)も、其の妙響(みょうきょう)
に驚き、逸足(いっそく)の櫪(うまや)に伏して、凡識(ぼんし
き)も其の絶羣(ぜつぐん)を知らば、則ち伯□(はくかい)は稱
するに足らず。良楽(りょうらく)は未だ尚(とうと)ぶ可からざ
る也。
48
 老姥の題扇(だいせん)に偶(あ)いて、初(はじめ)は怨み後
に請(こ)う。門生の書机(しょき)を獲たるに、父削(けず)り
て子懊(なや)みたるが若きに至りては、知ると知らざると也。夫
れ、士は己を知らざるに屈(くっ)して、己を知るに申(の)ぶ、
彼(か)の知らざるや、曷(なん)ぞ怪しむに足らんや。故に莊子
(そうし)曰く、『朝菌(ちょうきん)は海朔(かいさく)を知ら
ず、□蛄(けいこ)は春秋を知らず。』と。老子云う、『下士(か
し)は道を聞きて、大いに之を笑う、之を笑わざれば、則ち以て道
と為すに足らざるなり。』と。豈に氷を執(と)りて夏虫を咎(と
が)むべけんや。
49
 漢魏(かんぎ)より已来、書を論ずる者多し、妍蚩(けんし)雑
揉(ざつじゅう)し條目(じょうもく)糾粉(きゅうふん)せり。
或いは重ねて舊章(きゅうしょう)を述ぶるも、了(つい)に既往
(きおう)に殊ならず、或いは苟(かりそめ)に新説を興せども竟
(つい)に将来に益すること無し。徒(いたず)らに繁(しげ)き
者を使(し)て弥(いよいよ)繁く、闕くる者をして仍お闕かしむ
るのみ。
50
 今、撰して六篇と為し、分(わか)ちて兩卷(りょうかん)を成
す、其の工用を第し、名づけて書譜と曰う。庶(こいねがわく)は
一家の後進を使(し)て、奉(ほう)ずるに規模を以てし、四海の
知音(ちいん)をして、或いは観省(かんせい)を存せしめんこと
を。緘秘(かんぴ)の旨(し)は、余 取ること無し。
 垂拱三年寫記す。
 

書譜卷上。吳郡孫過庭撰。夫自古之善書者。漢魏有鍾張之絕。晉末稱二王之妙。王羲之云。頃尋諸名書。鍾張信為絕倫。其餘不足觀。可謂鍾張(自張字以下有衍文九字從旁加點)云沒而羲獻繼之。又云。吾書比之鍾張。鍾當抗行。或謂過之。張草猶當鴈行。然張精熟。池水盡墨。假令寡人耽之若此。未必謝之。此乃推張邁鍾之意也。考其專擅。雖未果於前規。摭以兼通。故無慚於即事。評者云。彼之四賢。古今特絕。而今不逮古。古質而今妍。夫質以代興。妍因俗易。雖書契之作。適以記言。而淳醨一遷。質文三變。馳騖沿革。物理常然。貴能古不乖時。今不同弊。所謂文質彬彬。然 後 君子。何必易雕宮於穴處。反玉輅於椎輪者乎。又云。子敬之不及逸少。猶逸少之不及鍾張。意者以為評得其綱紀。而未詳其始卒也。且元常專工於隸書。百英尤精於草體。彼之二美。而逸少兼之。擬草則餘真。比真則長草。雖專工小劣。而博涉多優。總其終始。匪無乖互。謝安素善尺櫝。而輕子敬之書。子敬嘗作佳書與之。謂必存錄。安輒題後答之。甚以為恨。安嘗問敬。卿書何如右軍。答云。故當勝。安云。物論殊不爾。子敬又答。時人那得知。敬雖權以此辭折安所鑒。自稱勝父。不亦過乎。且立身揚名。事資尊顯。勝母之里。曾參不入。以子敬之豪翰。紹右軍之筆札。雖復粗傳楷則。實恐未克箕裘。況乃假託神仙。恥崇家範。以斯成學。孰愈面牆。後羲之往都。臨行題壁。子敬密拭除之。輒書易其處。私為不惡。羲之還見。乃歎曰。吾去時真大醉也。敬乃內慚。是知逸少之比鍾張。則專博斯別。子敬之不及逸少。無或疑焉。余志學之年。留心翰墨。味鍾張之餘烈。挹羲獻之前規。極慮專精。時逾二紀。有乖入木之術。無間臨池之志。觀夫懸針垂露之異。奔雷墜石之奇。鴻飛獸駭之資。鸞舞蛇驚之態。絕岸頹峰之勢。臨危據槁之形。或重若崩雲。或輕如蟬翼。導之則泉注。頓之則山安。纖纖乎似初月之出天崖。落落乎猶眾星之列河漢。同自然之妙有。非力運之能成。信可謂智巧兼優。心手雙暢。翰不虛動。下必有由。一畫之間。變起伏於峰杪。一點之內。殊衄挫於豪芒。況云積其點畫。乃成其字。曾不傍窺尺櫝。俯習寸陰。引班超以為辭。援項籍而自滿。任筆為體。聚墨成形。心昏擬效之方。手迷(迷字下有衍文三字)揮運之理。求其妍妙。不亦謬哉。然君子立身。務修其本。揚雄謂。詩賦小道。壯夫不為。況復溺思豪釐。淪精翰墨者也。夫潛神對弈。猶標坐隱之名。樂志垂綸。尚體行藏之趣。詎若功宣禮樂。妙擬神仙。猶埏埴之罔窮。與工鑪而並運。好異尚奇之士。翫體勢之多方。窮微測妙之夫。得推移之奧賾。著述者假其糟粕。藻鑒者挹其菁華。固義理之會歸。信賢達之兼善者矣。存精寓賞。豈徒然歟。(歟字下有衍文十七字)而東晉士人。互相陶淬。至於王謝之族。郗庾之倫。縱不盡其神奇。咸亦挹其風味。去之滋永。斯道逾微。方復聞疑稱疑。得末行末。古今阻絕。無所質問。設有所會。緘秘已深。遂令學者茫然。莫知領要。徒見成功之美。不悟所致之由。或乃就分布於累年。向規矩而猶遠。圖真不悟。習草將迷。假令薄解草書。粗傳隸法。則好溺偏固。自閡通規。詎知心手會歸。若同源而異派。轉用之術。猶共樹而分條者乎。加以趨變適時。行書為要。題勒方幅。真乃居先。草不兼真。殆於專謹。真不通草。殊非翰札。真以點畫為形質。使轉為情性草以點畫為情性使轉為形質草乖使轉。不能成字。真虧點畫。猶可記文。迴互雖殊。大體相涉。故亦傍通二篆。俯貫八分。包括篇章。涵泳飛白。若豪釐不察。則胡越殊風者焉。至如鍾繇隸奇。張芝草聖。此乃專精一體。以致絕倫。伯英不真。而點畫狼藉。元常不草。使轉縱橫。自茲已降。不能兼善者。有所不逮。非專精也。雖篆隸草章。工用多變。濟成厥美。各有攸宜。篆尚婉而通。隸欲精而密。草貴(貴字下有衍文二字)流而暢。章務檢而便。然後凜之以風神。溫之以妍潤。鼓之以枯勁。和之以閑雅。故可達其情性。形其哀樂。驗燥濕之殊節。千古依然。體老壯之異時。百齡俄頃(頃字下有衍文六字)。嗟乎。不入其門。詎窺其奧者也。又一時而書有乖有合。合則流媚。乖則雕疎。略(略字下有而字衍文)言其由。各有其五。神怡務閑一合也。感惠徇知二合也。時和氣潤三合也。紙墨相發四合也。偶然欲書五合也。心遽體留一乖也。意違勢屈二乖也。風燥日炎三乖也。紙墨不稱四乖也。情怠手闌五乖(以上31字墨蹟原裝裱有誤,應置于第132行「心遽體」之後)也。乖合之際。優劣互差。得時不如得器。得器不如得志。若五乖同萃。思遏手蒙。五合交臻。神融筆暢。暢無不適。蒙無所從。當仁者得意忘言。罕陳其要。企學者希風敘妙。雖述猶疎。徒立其工。未敷厥旨。不揆庸昧。輒効所明。庶欲弘既往之風規。導將來之器識。除繁去濫。覩迹明心者焉。代有筆陣圖七行。中畫執筆三手。圖貌乖舛。點畫湮訛。頃見南北流傳。疑是右軍所製。雖則未詳真偽。尚可發啟童蒙。既常俗所存。不藉編錄。(錄字下有衍文十八字)至於諸家勢評。多涉浮華。莫不外狀其形。內迷其理。今之所撰。亦無取焉。若乃師宜官之高名。徒彰史牒。邯鄲淳之令範。空著縑緗。暨乎崔杜以來。蕭羊已往。代祀緜遠。名氏滋繁。或藉甚不渝。人亡業顯。或憑附增價。身謝道衰。加以糜蠹不傳。搜秘將盡。偶逢緘賞。時亦罕窺。優劣紛紜。殆難覶縷。其有顯聞當代。遺跡見存。無俟抑揚。自標先後。且(且字下有衍文五字)六文之作。肇自軒轅。八體之興。始於嬴政。其來尚矣。厥用斯弘。但今古不同。妍質懸隔。既非所習。又亦略諸。復有龍蛇雲露之流。龜鶴花英之類。乍圖真於率爾。或寫瑞於當年。巧涉丹青。工虧翰墨。(墨字下有既字衍文)異夫楷式。非所詳焉。代傳羲之與子敬筆勢論十章。文鄙理疎,意乖言拙。詳其旨趣。殊非右軍。且右軍位重才高。調清詞雅。聲塵未泯。翰櫝仍存。觀夫致一書。陳一事。造次之際。稽古斯在。豈有貽謀令嗣。道叶義方。章則頓虧。一至於此。(此字下有衍文五字)又云與張伯英同學。斯乃更彰虛誕。若指漢末伯英。時代全不相接。必有晉人同號。史傳何其寂寥。非訓非經。宜從棄擇。夫心之所達。不易盡於名言。言之所通。尚難形於紙墨。粗可髣髴其狀。綱紀其辭。冀酌希夷。取會佳境。闕而未逮。請俟將來。今撰執使用轉之由。以祛未悟。執謂深淺長短之類是也。使謂縱橫牽掣之類是也。轉謂鉤鐶盤紆之類是也。用謂點畫向背之類是也。方復會其數法。歸於一途。編列眾工。錯綜群妙。舉前賢之未及。啟後學於成規。窮其根源。析其枝派。貴使文(自漢末伯英以下至文字以上原闕一百六十六字)約理贍。迹顯心通。披卷可明。下筆無滯。詭辭異說。非所詳焉。然今之所陳。務裨學者。但右軍之書。代多稱習。良可據為宗匠。取立指歸。豈惟會古通今。亦乃情深調合。致使摹搨日廣。研習歲滋。先後著名。多從散落。歷代孤紹。非其(其字下有或字衍文)効歟。試言其由。略陳數意。止如樂毅論黃庭經東方朔畫讚太師箴蘭亭集序告誓文。(文字下有學字衍文)斯並代俗所傳。真行絕致者也。寫樂毅則情多怫鬱。書畫讚則意涉瓌奇。黃庭經則怡懌虛無。太師箴又從橫爭折。暨乎蘭亭興集。思逸神超。私門誡誓。情拘志慘。所謂涉樂方笑。言哀已歎。豈惟駐想流波。將貽嘽緩之奏。馳神睢渙。方思藻繪之文。雖其目擊道存。尚或心迷義舛。莫不強名為體。共習分區。豈知情動形言。取會風騷之意。陽舒陰慘。本乎天地之心。既失其情。理乖其實。原夫所致。安有體哉。夫運用之方。雖由己出。規模所設。信屬目前。差之一豪。失之千里。苟知其術。適可兼通。心不厭精。手不忘熟。若運用盡於精熟。規矩諳於胸襟。自然容與徘徊。意先筆後。瀟灑流(自心不厭精以下至流字以上原闕三十字)落。翰逸神飛。亦猶弘羊之心。預乎無際。庖丁之目。不見全牛。嘗有好事。就吾求習。吾乃粗舉綱要。隨而授之。無不心悟手從。言忘意得。縱未窺於眾術。斷可極於所詣矣。若思通楷則。少不如老(老字下有衍文四字)學成規矩。老不如少。思則老而愈妙。學乃少而可勉。勉之不已。抑有三時。時然一變。極其分矣。至如初學分布。但求平正。既知平正。務追險絕。既能險絕。復歸平正。初謂未及。中則過之。後乃通會。通會之際。人書俱老。仲尼云。五十知命。七十從心。故以達夷險之情。體權變之道。亦猶謀而後動。動不失宜。時然後言。言必中理矣。是以右軍之書。末年多妙。當緣思慮通審。志氣和平。不激不厲。而風規自遠。子敬已下。莫不鼓努為力。標置成體。豈獨工用不侔。亦乃神情懸隔者也。或有鄙其所作。或乃矜其所運。自矜者。將窮性域。絕於誘進之途。自鄙者。尚屈情涯。必有可通之理。嗟呼。蓋有學而不能。未有不學而能者也。考之即事。斷可明焉。然消息多方。性情不一。乍剛柔以合體。忽勞逸而分驅。或恬澹雍容。內涵筋骨。或折挫槎枿。外曜峰(峰字下有衍文一字)芒。察之者尚精。擬之者貴似。況擬不能似。察不能精。分布猶疎。形骸未檢。躍泉之態。未覩其妍。窺井之談。已聞其醜。縱欲搪突羲獻。誣罔鍾張。安能掩當年之目。杜將來之口。慕習之輩。尤宜慎諸。至有未悟淹留。偏追勁疾。不能迅速。翻效遲重。夫勁速者。超逸之機。遲留者。賞會之致。將反其速。行臻會美之方。專溺於遲(遲字下有衍文四字)終爽絕倫之妙。能速不速。所謂淹留。因遲就遲。詎名賞會。非夫心閑手敏。難以兼通者焉。假令眾妙攸歸。務存骨氣。骨既存矣。而遒潤加之。亦猶枝榦扶疎。凌霜雪而彌勁。花葉鮮茂。與雲日而相暉。如其骨力偏多。遒麗蓋少。則若枯槎架險。巨石當路。雖妍媚云闕。而體質存焉。若遒麗居優。骨氣將劣。譬夫芳林落蘂。空照灼而無依。蘭沼漂蓱。徒青翠而奚託。是知偏工易就。盡善難求。雖學宗一家。而變成多體。莫不隨其性欲。便以為(為字下有資字衍文)姿。質直者。則徑侹不遒。剛佷者。又掘強無潤。矜斂者。弊於拘束。脫易者。失於規矩。溫柔者。傷於軟緩。躁勇者。過於剽迫。狐疑者。溺於滯澀。遲重者。終於蹇鈍。輕瑣者。染於俗吏。斯皆獨行之士。偏翫所乖。易曰。觀乎天文。以察時變。觀乎人文。以化成天下。況書之為妙。近取諸身。假令運用未周。尚虧工於秘奧。而波瀾之際。已濬發於靈臺。必能傍通點畫之情。博究始終之理。鎔鑄蟲篆。陶均草隸。體五材之並用。儀形不極。象八音之迭起。感會無方。至若數畫並施。其形各異。眾點齊列。為體互乖。一點成一字之規。一字乃終篇之准。違而不犯。和而不同。留不常遲。遣不恆疾。帶燥方潤。將濃遂枯。泯規矩於方圓。遁鈎繩之曲直。乍顯乍晦。若行若藏。窮變態於豪端。合情調於紙上。無間心手。忘懷楷則。自可背羲獻而無失。違鍾張而尚工。譬夫絳樹青琴。殊姿共豔。隋珠和璧。異質同妍。何必刻鶴圖龍。竟慚真體。得魚獲兔。猶恡筌蹄。聞夫家有南威之容。乃可論於淑媛。有龍泉之利。然後議於斷割。語過其分。實累樞機。吾嘗盡思作書。謂為甚合。時稱識者。輒以引示。其中巧麗。曾不留目。或有誤失。翻被嗟賞。既昧所見。尤喻所聞。或以年職自高。輕致陵誚。余乃假之以緗縹。題之以古目。則賢者改觀。□夫繼聲。競賞豪末之奇。罕議峰端之失。猶惠侯之好偽。似葉公之懼真。是知伯子之息流波。蓋有由矣。夫蔡邕不謬賞。孫陽不妄顧者。以其玄鑒精通。故不滯於耳目也。向使奇音在爨。庸聽驚其妙響。逸足伏櫪。凡識知其絕群。則伯喈不足稱。良樂未可尚也。至若老姥遇題扇。初怨而後請。門生護書機。父削而子懊。知與不知也。夫士屈於不知己。而申於知己。彼不知也。曷足怪乎。故莊子曰。朝菌不知晦朔。蟪蛄不知春秋。老子云。下士聞道。大笑之。不笑之則不足以為道也。豈可執冰而咎夏蟲哉。自漢魏已來。論書者多矣。妍蚩雜糅。條目糾紛。或重述舊章。了不殊於既往。或苟興新說。竟無益於將來。徒使繁者彌繁。闕者仍闕。今撰為六篇。分成兩卷。第其工用。名曰書譜。庶使一家後進。奉以規模。四海知音。或存觀省。緘秘之旨。余無取焉。